高田純次の嫁は勢子?娘は高田裕子で障害持ち?若い頃の名言で年寄りの自慢話は説教?

高田純次の嫁は勢子?娘は高田裕子で障害持ち?若い頃の名言で年寄りの自慢話は説教?
[記事公開日]:2018/07/15 [最終更新日]:2019/10/30 
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ジャパニーズフェーマスコメディアンの高田純次さんの嫁さんや娘さんについて、そして若い頃の高田純次について調べてみました。

高田純次の名言はまさに最高の一言そちらも紹介しています。

高田純次のプロフィール

【名前】高田純次(たかだ じゅんじ)
【本名】同じ
【生年月日】1947年1月21日
【血液型】O型
【出身】東京都調布市
【身長】175センチ
【所属】テイクワン・オフィス代表取締役
【中学】調布市立第三中学校
【高校】東京都立府中高等学校

4歳の時、母親が32歳で病没した後、東京ガス勤務の父親とその再婚相手のいる家庭で育つ。

1971年、自由劇場の舞台を見て俳優を志願。同劇団に入団し研究生となる。

1年で退団し、イッセー尾形とともに劇団「うでくらべ」を結成するが、半年ほどで解散。

その後結婚したが、劇団の収入では生活できないこともあり、26歳の時に宝石販売会社「トキモト」に入社した。

1977年に「劇団東京乾電池」に入団。

サラリーマン生活を捨て、再び劇団の世界へ入ったものの、当初は売れず。

妻子を養うために「警察に捕まるようなこと以外の職は、一通りやった」と本人は語っている。

子供の頃は近所の人たちから神童と呼ばれていたと言われ、中学時代までは成績はトップクラスであったという。

高校時代のあだ名は「国領のニワトリ」。

子供の頃は神童と呼ばれていたのは意外です。

だからこそのコメディアンなのかもしれませんがね。

いつも面白いと思いながら見ています。

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高田純次の嫁は?

1971年「自由劇団」に入団していましたが、劇団員として活動していた勢子さんと26歳の時に結婚しました。

高田純次さんの嫁への思いが伝わるほっこりするエピソードがあります。

それは劇団員時代、アルバイト先のロッカーに置いていた1万円がなくなったときのこと。

その際、スタッフに対して「妻にクリスマスプレゼントを買うための一万円なんです、誰かなんて探さないので、僕がしばらく出ている間に戻してください!」と涙を流し訴えかけた結果、一万円がロッカーに戻ってきたとのこと。

ボーイッシュな感じで、肝っ魂母さんな雰囲気ですが、こういう人が女の子っぽい感じすると可愛く見えるんですよね~

綺麗目な感じでしょう。

いいですね!

高田純次とお嫁さん、2人の馴れ初め

2人の出会いはいったいどこだったのでしょうか?

高田純次さんと嫁さんの馴れ初めは明らかになっていませんが、2人が同じ劇団員だったという噂かあることやCMにも夫婦で出演したことから、『自由劇団』内で知り合った可能性がありそうです。

当時は俳優として駆け出しだったので経済的に苦労をしていたと思われますが、それでもプレゼントを欠かさず用意してくれる高田純次さんの優しさに惹かれたのが交際するキッカケだったのかも知れませんね。

テレビやメディアでのイメージは適当ですが、家庭内ではしっかりした旦那さんで優しい一面もあり頼りがいのある方です。

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高田純次の娘はどんな人?障害持ち?

長女の高田祐子さんは1976年生まれで、「TAGE」(タージェ)と言う日本のファッションブランドのデザイナーをしています。

同姓同名の高田裕子さんと言う漫画家がいるようで、その漫画の作品の中の一つに障害馬術を題材にしているマンガ「恋は突然に/ささやかな過ち」と言う物があるそうです。

【画像】「恋は突然に/ささやかな過ち」

その作品の障害馬術が、どこかで混同したようです。

私も興味がわいてアマゾンで調べてみました。

以下はその内容を引用します。

「スカイは、父の会社に来た銀行家に目を奪われた。

知性的な顔立ちの彼は、障害馬術の覇者、フォークナー・ハリントン! 引退したけれど、その華麗さは今も変わらない。

恋に落ちたスカイだが、彼は残酷な言葉を残し去ってしまう・・・! そして6年後、父を亡くしたスカイの元に、彼は再び現れて!? 」

あともう一つ考えられている説として、同姓同名の理学療法士の方が障害に対する活動報告記事をホームぺージに掲載していたそうです。

娘さんには特に障害はないようです。

話が混同することはよくあること気を付けていきたいものです。

高田純次の若い頃の人柄は?

高田純次さんは同劇団に研究生として入団し1年間舞台経験を積み、その後自身で劇団をたちあげたりという舞台俳優を中心に活動していました。

その後、高田純次さんは結婚するのですが、当時劇団員だけでは家族を養うだけの稼ぎはなかったので、26歳で宝石会社に就職をしました。

しかし、俳優を捨てきれなかった高田純次さんはサラリーマン生活にピリオドをうち、再び俳優を志すために劇団にはいるのでした。

夢をあきらめない熱い信念を持ち、家庭を愛する愛深き男なのでしょう。

だからこそのコメディアンなんでしょう。

人を楽しませることに生きがいを持てるその信念が最高です。

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高田純次の名言:年寄りの自慢話は説教?

これは高田純次の自戒ですね!

歳とってやっちゃいけないことは「説教」と「昔話」と「自慢話」

中にはお年寄りからこの三つをとったら、話すネタが無くなってしまうのではという声も。

高田さんはこの言葉の後に「だからおれはエロ話しかできないんだよ」とコメントしています。

話すことがないからエロの話しかできないって!それは流石って感じかな。

だけど、これはいいこと言ってますね。

年寄りの話なんて当時がどうだとかそういう話ですもんw

正直つまらんのよ。

これはみんなに知ってほしいな!

最後までお付き合い頂きありがとうございます。
それでは!

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